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千葉地方裁判所 昭和58年(わ)728号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中七〇日を本刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五三年一一月ころから、ガソリンスタンド給油施設工事等を目的とする株式会社栄工社(代表取締役川上和夫)に営業係員として勤務し、工事受注及び工事代金の集金等の業務に従事していたものであるが、集金名下に現金または小切手を騙取しようと企て、少額の場合等を除き工事代金等の集金をするにあたっては、あらかじめ同社の総務課員に申し出て、金額等所定事項を記入した領収証を作成してもらったうえ、社長である前記川上和夫の決裁を得て、その領収証と引換えに集金をすべきものと定められていたにもかかわらず、いずれも右社長の決裁も受けず、その他右所定の手続、方式に従わないで、

第一  昭和五六年九月一〇日ころ、千葉県松戸市常盤平三丁目一五番二号有限会社坂巻商店において、同社取締役坂巻勝に対し、真実は集金した現金または小切手を自己の用途に費消する意図であるのにその情を秘して、工事代金の支払方を求め、同人をして、支払後は直ちに前記栄工社に納金される旨誤信させ、よって、即時同所において、右坂巻から、手許の少額売掛金等回収用の用紙により自ら作成した領収証と引換えに、右有限会社振出にかかる金額五〇〇万円の小切手一通の交付を受けてこれを騙取し、

第二  同月三〇日ころ、同所において、右坂巻に対し、真実は集金した現金または小切手を自己の用途に費消する意図であるのにその情を秘して、工事代金の支払方を求め、同人をして、支払後は直ちに前記栄工社に納金される旨誤信させ、よって、即時同所において、右坂巻から前同様の領収証と引換えに右有限会社振出にかかる金額五〇〇万円の小切手一通の交付を受けてこれを騙取し、

第三  同年一〇月三一日ころ、同所において、右坂巻に対し、真実は集金した現金または小切手を自己の用途に費消する意図であるのにその情を秘して、工事代金の支払方を求め、同人をして、支払後は直ちに前記株式会社に納金される旨誤信させ、よって、即時同所において、右坂巻から、情を知った総務課員より入手した用紙により自ら作成した領収証と引換えに、右有限会社振出にかかる金額一〇〇〇万円の小切手一通の交付を受けてこれを騙取した。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも刑法二四六条一項に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中七〇日を右の刑に算入し、訴訟費用については刑訴法一八一条一項但書を適用して全部これを被告人に負担させないこととする。

(予備的訴因を認定した理由)

【判示事項】 本件主位的訴因の要旨は、「被告人は、判示第一ないし第三記載のとおり三回にわたり、それぞれ集金した各小切手を株式会社栄工社のために業務上預り保管中、判示第一の金額五〇〇万円の小切手につき同年九月一〇日ごろ、同第二の金額五〇〇万円の小切手につき同月三〇日ごろ、同第三の金額一〇〇〇万円の小切手につき同年一一月一日ごろ、いずれも市川市市川一丁目二四番ホシナビル四階株式会社三貴において、ほしいままに自己の用途に費消する目的で、石井仁に対し、その現金化を依頼して交付し、もってそれぞれ横領した。」というものである。《証拠省略》を総合すれば、主位的訴因記載のとおり、集金した本件三通の小切手を自己の用途に費消する目的で、石井仁に対し現金化を依頼してそれぞれ交付した事実を認めることができるが、これに先立ち得意先からこれらの小切手の交付を受けた行為につきすでに詐欺罪が成立している場合には、前記各行為は騙取した小切手の事後処分行為として不可罰的事後行為となり、業務上横領罪は成立しないものと解されるので、以下詐欺罪の成否につき検討する。

一般に、得意先に集金に赴いた集金人が、真実は雇主に納金せず自己の用途に費消する意思であるのに、その情を相手方に告知しないで集金する行為は、ありのままを告げれば相手方は集金に応じないはずであるから、本来は不作為の欺罔行為による詐欺罪が成立して然るべきものと解される。右の情を告げられながら支払いをしたとすれば、それが有効な支払いにはならないことは勿論であることからしても、その理は明らかであろう。そのような行為は行為者にとっては雇主のための集金業務の遂行行為ではなく、自己のためにする集金業務の遂行を装った行為、換言すれば集金に名を借りた行為に過ぎないからである。

しかし、雇主から集金権限を与えられて集金業務に従事する場合には、たまたまその者が集金した金銭を雇主に納金せず自己の用途に費消する意思で集金行為を行ったとしても、外形的にはいかなる点から見ても正常の集金業務の遂行行為と全く区別できず、内心の意思を外部から全く窺い知ることができないのであって、いまだ犯罪の実行を明確ならしめる行為がなく、しかも、集金人が雇主に納金せず自己の用途に費消するなどするに至るか否かについては心理的な動揺を生ずる場合が少なくない。たとえば、新聞販売店や牛乳販売店の店員が店主の指示によりあらかじめ作成された領収証と引換えに集金するような場合(個別的具体的な集金権限がある場合)や、銀行の外務員がいちいち支店長の決裁を受けることなく担当の得意先から預金等を集金するような場合(包括的な集金権限がある場合)には、たまたまその時点で、当日の集金分はすべて納金しないで自己の用途に流用する意思の下に、すなわち不法領得の意思の下に行動していたとしても、その外形的な行為自体には内心の意思は全く表われておらず、かつ、その内心の意思自体しばしば不確定であって、思い直して雇主にそのまま納金することとなる場合も少なくないのである。判例が集金人の得意先からの欺罔意思に基づく集金行為を詐欺罪に問擬せず、業務上横領罪の成立を認めることとしているのは右のような事案についてであって(東京高等裁判所昭和二八年六月一二日判決、高刑集六巻六号七六九頁参照、事案は無尽会社の外務員の掛金集金に関するものである。)。学説もおおむねこのような事案を念頭に置いて論じているものと考えられるのであり、このような場合には、不法領得意思の発現を外部的に認めうる領得行為が行われた時点で業務上横領罪の成立を認めることにするのがもとより正当であるといわなければならない。

これに対し、右の不法領得意思が外部的行為に発現していると認められる以上は、詐欺罪の成立の妨げとなる理由は何ら存しないものというべきである。すなわち、当該集金につき権限がないのに集金する場合や、集金権限は一応与えられていても、集金に際し社内において所定の手続を経ることが必要とされているのにこれを経ないで行う場合などにおいては、正当な集金行為とは異なる不法意思に基づく行為であることを外部的に覚知しうるのであるから、このような場合には集金行為自体を騙取行為とする詐欺罪の成立を認めるのが相当である。

ところで、《証拠省略》を総合すれば、本件では、被告人は建設会社の営業担当社員として、得意先の集金業務にも従事していたが、建築工事の性質上得意先からの集金額が多額にのぼるため、社員に自由な集金を許せば着服、拐帯等の事故の生ずるおそれがあることを慮り、集金にあたっては、あらかじめ社長の決裁を得るとともに、金額をチェックライターで記入するなどして正規に作成された領収書と引換えに行うなどとする集金手続に関する内規が設けられており、少額の集金をするとか、別の用で得意先に赴いた際先方の意向により急に代金の支払いを受けることになったような例外的場合を除き右内規に従って集金することとされていること、にもかかわらず被告人は本件ではいずれも多額の代金の支払いを得意先に請求しており、これを受領するに先立ち、内規に従い社長の決裁を受けることもなく、また正規の手続に従って作成された領収証も携行せず、一回目及び二回目は急に得意先から支払いを受けた場合や小口の支払いの受領の際に用いる趣旨で保管していた領収証と引換えに、三回目は情を知った総務課員から入手した領収証と引換えに、本件の各小切手の交付を受けていることが認められるのであり、以上の事実によれば、営業担当社員で集金業務に従事する者であっても、内規に従わない自由な集金行為は許されておらず、原則としてその都度社長の決裁を受けることにより個別的、具体的な集金権限を付与されるものと認めることもできるのであって、そうだとすればそもそも被告人は個別的、具体的な集金権限がないのにかかわらず集金を装って本件各小切手を騙取したものといえるのみならず、被告人がこれらの小切手の交付を受けた行為は、外形的に見ても正常の集金業務の遂行行為とは明確に区別されるものであり、各小切手の交付を受けた行為自体にすでに不法領得意思が外部的にも発現しているものとして、これをもって騙取行為と認めることができる場合にあたるものというべきである。

なお、集金権限が与えられている場合には集金と同時に雇主にその金銭の所有権が帰属することを理由として詐欺罪の成立を否定する見解につき付言すると、そもそも騙取とは不法領得の意思、すなわち権利者を排除し自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用、処分する意思をもって、相手方の錯誤に基づく占有の移転を受けることによりその占有を取得すれば足りるのであり、その物の所有権が法律上どこに帰属するかは必ずしも問うところではないのである。従って、集金した金銭等の所有権が雇主に帰属するか否かにより詐欺罪の成否を論ずるのは方法において妥当とは思われない。また、詐欺罪における被害としては財物の占有の喪失で十分であり、それ以上に交付者が実質的被害を蒙ることを要しないことは改めて論ずるまでもないであろう(本件においては、いずれも、弁済として有効であり、実質的被害者は勤務先の会社となるのであるが、集金権限が与えられていない使用人や解雇等により集金権限が消滅した者が、得意先から集金と称して金銭等を騙取した場合にも、表見法理により有効な弁済となり得ることからしても、もとより弁済の有効無効が詐欺罪の成否を左右するものではない)。

以上の理由により、本件では被告人に判示の各詐欺罪の成立を認めることができるので、主位的訴因の各事実はこれらの不可罰的事後行為として罪とならないこととなる。それ故、追加を命じた予備的訴因に従い判示の各詐欺につき有罪の認定をする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 小出錞一)

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